度胸試しの日本史

はじめに

夏になると怪談ものやホラーの映画やドラマが増えますね。
また、遊園地や文化祭でもお化け屋敷は人気を集めています。
人々は、自分の度胸を試したいものなのかもしれません。

そして、昔の人もまた度胸を試していました。
3つエピソードを紹介します。

①藤原道長の肝試し

平安時代、花山天皇は藤原道隆、道兼、道長の三兄弟に対し「肝試し」を提案します。道隆、道兼、道長に指定の場所に行って戻ってくるように命じました。

ちなみに、当時は電気もないため夜は真っ暗です。また、以前の記事で紹介しましたように、平安京は治安が良くありませんでした。

そのため、道隆と道兼は恐怖が優って途中で逃げ出してしまいます。
けれども、道長だけは柱を削ったものを証拠として持って帰ってきました。

道長の豪胆さが伺えるエピソードですね。

②上杉謙信のピクニック

1561年、上杉謙信が小田原を攻めてきた時のこと、謙信は小田原城の眼前に近づくと、なんと弁当を食べ始め、北条軍を挑発します。

これに対し、挑発された北条軍は謙信に鉄砲を浴びせようとします。
しかし、弾は全く命中しませんでした。

なんとも物騒なピクニックですね。

③伊達政宗流 根性の鍛え方

大坂の陣の際、伊達政宗は鉄砲の音が聞こえたため銃弾を避けようとします。
しかし、全く見当違いのところに着弾します(当時の鉄砲の性能はそれほど良くなかったことも関係しています)。

このことを恥じた政宗は、自らの性根を叩き直すため、大坂城まで徒歩で歩き、鉄砲隊を挑発して帰ってきました。

随分と荒療治な根性の鍛え方ですね。

おわりに

歴史上の人物たちは、肝の据わり方も違っているようですね。

参考文献・参考サイト

丸茂潤吉
『戦国武将の大誤解』(彩図社、2010年)
関幸彦
『藤原道長と紫式部 -「貴族道」と「平安女房」の平安王朝-』(朝日新聞出版、2023年)