「平安」ではない平安京

はじめに

上記の写真は平安神宮を訪れた時の写真です。平安神宮は1895年、平安京遷都1100年を記念し作られました。
早朝の平安神宮はどことなく厳かな雰囲気が漂っており、どことなく平安京の面影を感じさせました。
ということで今回は平安京がテーマです。

平安神宮

平安京とは

平安京は桓武天皇が794年に遷都した場所です。明治天皇が東京に遷都するまで、平安京が日本の首都でした。
「平安京」と聞くとどこか雅なイメージがありますが、実際の平安京は雅とかけ離れた場所でした。

①未完成な都

桓武天皇はまず政治の中心を平安京に移し、それから建物などを作ろうと考えていました。
しかし、桓武天皇は民衆の負担になることを理由に平安京の造営を中断しました。
また、右京(平安京の左半分の地域)は湿地帯でした。そのため人々は左京(平安京の右半分の地域)に集住し、右京は発展しませんでした。右京は10世紀後半までには荒廃したと言われています。

②不衛生な都

当時は下水処理場が存在しないため、人々は汚物を道路の側溝に垂れ流していました。そのため平安京は悪臭が漂っていたと考えられています。
また、人々が燃料や住宅を確保するために過剰な伐採を行ったり、堤防に穴を開けて田畑の水を確保したりしたため、鴨川がしばしば洪水を起こしました。その結果、不衛生な水が流れ込み、疫病が蔓延しました。

③治安の悪い都

平安京には孤児や身寄りをなくした老人、路辺に捨てられた病人が大量にいました。
また、追い剥ぎや強盗も頻発していました。
さらに、貴族たちが刀を振り回したり、気に入らない人物を公衆の面前で殴ったりと問題を起こしていました(藤原道長も寺を建立するために民家を破壊した、と言われています)。

おわりに

「名前負け」とはまさにこのことですね。

参考文献・参考サイト

佐々木恵介
『日本古代の歴史4 平安京の時代』(吉川弘文館、2014年)
歴史ミステリー研究会
『昔の教科書とはこれだけ変わった! 日本史の新常識』(彩図社、2020年)
日本史の謎検証委員会
『最新研究でここまでわかった 日本史通説のウソ』(彩図社、2021年)
歴史探偵
「平安京ダークサイド」(2021年4月7日放送)