おすすめの歴史小説 vol.8
はじめに
今回は杉本苑子さんの『風の群像』(講談社、2000年)を紹介します。
この作品は後醍醐天皇が倒幕運動を起こすところから、鎌倉幕府が滅亡し、南北朝の動乱が起こるまでを、足利尊氏の視点から描いた作品です。
物語に関係する出来事
『風の群像』に登場する出来事を年表にまとめると以下の通りです。
- 1272年 後嵯峨上皇崩御。
以後、後深草上皇の子孫(持明院統)と亀山天皇の子孫(大覚寺統)が皇位継承をめぐり対立 - 1317年 後醍醐天皇(大覚寺統)即位
- 1324年 正中の変(後醍醐天皇による一度目の倒幕計画)→失敗
- 1331年 元弘の変(後醍醐天皇による二度目の倒幕計画)→失敗
後醍醐天皇は隠岐に流される。光厳天皇(持明院統)が即位
しかし各地で倒幕運動が起こる - 1333年 足利高氏、六波羅攻略。新田義貞、鎌倉攻撃
鎌倉幕府滅亡。これにより、後醍醐天皇帰京。 - 1334年 建武の新政
- 1335年 中先代の乱。足利尊氏が後醍醐天皇と訣別
- 1336年 尊氏入京→九州へ向かう→再び京都入り。
光明天皇(持明院統)即位。北朝が成立。
一方、後醍醐天皇は吉野へ逃亡。南朝が成立。 - 1338年 尊氏、征夷大将軍に就任。室町幕府を開く
- 1339年 後醍醐天皇崩御。
- 1350~52年 観応の擾乱(北朝の内部分裂)
- 1358年 尊氏死去。
この物語の見どころは次の3つです。
①足利尊氏の人柄
足利尊氏というと「天下三悪人の一人として、悪いイメージを持たれがちです(ちなみに、残る二人は道鏡と平将門です)。
しかし、作中では、後醍醐天皇と敵対することに悲観し出家しようとするヘタレっぽい姿や足利直義(尊氏の弟)の危機に対し弟を助けようとする家族思いの姿が描かれています(下巻では家族思いが仇となって息子の義詮の言いなりになり、観応の擾乱を引き起こすことになりますが)。
作品を通じて足利尊氏という人柄がよくわかります。
②武士のリアルな姿
この作品ではしょっちゅう誰かを裏切る、という事態が起きています。
特に下巻では、北朝の武士による裏切りが頻発しています。
実は、「一人の主君に忠義を尽くす」という武士のイメージは後世に作られたものです。実際は作品のように、損得勘定で行動していたのかもしれません。
作品を通じて、合理的で現実的な武士の姿が見えてきます。
③主君に忠義を尽くす武士
それでも、一人の主君に忠誠心を貫いた武士もいました。
例えば、楠木正成は敗北必至だと分かっていても、後醍醐天皇へ忠義を尽くし、湊川の戦いで散っていきました。
また、足利直義や高師直は尊氏が切腹しようとしたときは身を挺して止めるほど尊氏のことを大切にしており、最後には尊氏に裏切られてもなお尊氏を思い、そして死んでいきました。
裏切りが常の世の中だからこそ、忠義を尽くす彼らの姿は一層印象に残ります。
おわりに
学校の歴史の授業で登場する南北朝の動乱。なぜこの戦いが60年にわたって長引いたのかがよくわかる作品です。