波乱万丈 〜乱世を生きたものたち〜
はじめに
今週はお休みですが、大河ドラマ「べらぼう」が一つの山場を迎えていますね(意知が…)。
この作品は江戸時代の話ですが、すでに再来年の大河ドラマまで何時代をやるか決まっていますね(来年は豊臣秀長が主人公の戦国もの、再来年は小栗忠順が主人公の幕末もの、のようです)。
再来年の内容まで見てみると、幕末。戦国を扱う作品が集中しているなぁと実感します(ちなみに、歴代の大河ドラマで扱われた時代も、戦国、幕末が群を抜いて多いです)。
大河ドラマでよく取り上げられる時代には「激動の時代」ということが共通しているように思われます。
そして、「激動の時代」だからこそ輝いた者たちがいました。今回は3人紹介します。
①源義経
1人目は源義経です。大河ドラマでも2回、義経を題材とした作品が扱われました。兄には源頼朝や源範頼がいました。
義経は平治の乱で父義朝が敗れたため、藤原秀衡(奥州藤原氏)のもとに匿われます。そこで僧侶として修行を積んでいましたが、兄頼朝の挙兵を知り、頼朝の元に参上します。
宇治川の戦いで木曾義仲を破り、一の谷、屋島で平家を圧倒し、壇の浦の戦いで平家を滅ぼしました。
ところが、源平合戦後、頼朝と対立するようになります。頼朝が義経追討の名目で守護・地頭を設置すると、義経は奥州へ逃れます。
しかし、藤原泰衡(秀衡の子)によって自害に追い込まれました。
②真田幸村(真田信繁)
2人目は真田幸村(真田幸村)です。この人物を扱った大河ドラマといえば「真田丸」が有名です(他にも「どうする家康」にも登場していたりしています)。この人物の公式な名前は真田信繁ですが、ここでは「真田幸村」の方で紹介します。
真田幸村は戦国時代の武将です。第一次上田合戦では、徳川氏を相手に戦いました。その後上杉氏、豊臣氏の人質となります。
関ヶ原の戦いでは、兄信幸(のち信之)が東軍に、父昌幸と幸村が西軍につきます。昌幸と幸村は再び徳川氏と戦い、徳川秀忠の足止めに成功します。
しかし、西軍が敗れたため、父子揃って九度山に謹慎させられます(昌幸は九度山で生涯を終えます)。
その後、豊臣氏が兵を集めていることを知り、九度山を脱出し大坂に向かいます。
大坂冬の陣では、真田丸を使って活躍します。けれども、徳川と豊臣の間で和睦が成立後、徳川方が内堀まで埋め立てたため、真田丸は破壊されてしまいます(ちなみにこの際家康は幸村の引き抜きを図ったものの、豊臣に忠義を尽くす幸村は拒否しました)。
大坂夏の陣では、あと一歩のところまで家康を追い詰め、その勇猛さから「日本一の兵」と称えられました。
③高杉晋作
3人目は高杉晋作です。この人物といえば「おもしろき こともなき世を おもしろく」の歌でも有名ですね。
高杉晋作は幕末に活躍した長州藩士です。松下村塾の門下生でもあります。
高杉晋作は藩の考えが尊王攘夷に転じると、自らも尊王攘夷運動に参加し、イギリス公使館を焼き討ちにしています(ちなみにこの時のメンバーには伊藤博文もいました)。後に、農民などから構成される奇兵隊を結成します。
その後、第一次長州征討(幕府が長州藩に行った軍事遠征)を機に藩が幕府恭順の姿勢をとると、クーデターを起こし、政権を掌握します。そして藩の考えを開国・倒幕へと転換させました。
おわりに
激動の時代が人々を惹きつけるのは、「ドラマのようである」ということのほかに、激動の時代でこそ輝く人物(普通の時代では埋もれる、活躍することのなかった人物)がいたからかもしれませんね。
参考文献・参考サイト
- 本郷和人
- 『だから拙者は負けました。 -日本史の敗者たちのしくじりと言い訳-』(宝島社、2020年)