呼び名の変遷

はじめに

ブログを書いている関係で、日本史や歴史の教科書を読むことも多いのですが、最近の教科書は「昔と呼び名が違う」ものが数多く見られます。

例えば、かつては「文永の役」「弘安の役」を総称して「元寇」と呼ばれていましたが、元軍の主力がモンゴル軍だったことや、高麗や南宋の人々も含まれていたことから最近では「モンゴル襲来」「蒙古襲来」と呼ばれつつあります。

他にも、今と昔では呼び名が変わった出来事があります。
3つ紹介します。

①承平・天慶の乱

承平・天慶の乱とは、平安時代に関東で起きた平将門の乱(935〜939年)と瀬戸内海で起きた藤原純友の乱(939〜941年)の総称です。
しかし、両者ともに承平年間には「反乱」と呼べるようなものは起こしていないため、最近では「天慶の乱」を使う教科書も増えています。

②前九年の役・後三年の役

前九年の役・後三年の役とは、ともに東北地方で起こり、源氏によって鎮圧された反乱のことです。
ただし、「役」には異民族を討伐する意味合いがあるため、最近では「前九年合戦」「後三年合戦」と呼ばれます。

③応仁の乱

応仁の乱とは、京都を舞台に11年にわたって起きた戦いです。
元々はこの戦いが始まった時の元号から「応仁の乱」と呼ばれていたのですが、最近では始まった時の年号と終わった時の年号から「応仁・文明の乱」とも呼ばれるようになっています。

おわりに

歴史上の出来事の呼び名もアップデートしているのですね。