失言の日本史

はじめに

今年の春クールに「波よ聞いてくれ」というドラマが放送されていました。
そのドラマの第6話はラジオパーソナリティーが失言で炎上するその反省企画を主人公のラジ番組で実施する、という話でした。
あの話に限らず、ここ最近は失言がすぐに炎上してしまいます。SNSの普及で失言がすぐに広まりやすくなったことも影響しているのかもしれません。

しかし、実は失言自体は昔もありました。そこで今回は失言にまつわるエピソードを紹介します。

①崇峻天皇の失言

崇峻天皇は推古天皇の一代前の天皇です。この人物は蘇我馬子の支援により天皇となったものの、天皇になってからは馬子との関係が悪化していました。
ある時、崇峻天皇のもとにイノシシが献上されます。すると崇峻天皇は「このイノシシみたいに馬子の首も取ってやりたい」と本音が出てしまいます。
その後、この発言を聞いた馬子によって崇峻天皇は暗殺されました。

②源範頼の失言

源範頼は源頼朝の弟です。兄の頼朝が富士の巻狩りを行ったその夜、曽我兄弟による仇討ちが起こりました。彼らは父を殺した工藤祐経を殺害した後、頼朝の命を狙いました。
混乱した状況の中、鎌倉では「頼朝が死んだ」という情報が流れます(実際は誤報でした)。この時、鎌倉にいた範頼は北条政子に対し「自分がいるから安心してくれ」と言ってしまいます。
その後、鎌倉に帰還した頼朝は範頼の発言を謀反とみなします。範頼は伊豆に幽閉され、のちに殺されてしまいました。

③片岡直温の失言

片岡直温は昭和時代初めの大蔵大臣です。当時、戦後恐慌(第一次世界大戦後の不景気)や関東大震災によって国内の景気は悪く、銀行に対する信用不安が高まっていました。
そうしたなか、法案の審議中、片岡大蔵大臣が「今日正午頃とうとう東京渡辺銀行が破綻した」と失言してしまいます(実際にはその銀行は破綻していませんでした)。
この結果、銀行にお金を引き出そうとする人々が殺到し、金融恐慌が起きました。

おわりに

口は災いの元。発言にはくれぐれも要注意。

参考文献・参考サイト

坂井孝一
『鎌倉殿と執権北条氏 義時はいかに朝廷を乗り越えたか』(NHK出版新書、2021年)
河島真
『日本近代の歴史5 戦争とファシズムの時代へ(吉川弘文館、2017年)