神頼みの日本史

はじめに

先日、遅ればせながら初詣に行きました(職場近くの神社がここ最近人気になっており、時期をずらしてお参りしました)。
1月は神社に行く機会が増える時期ですね。初詣に訪れる人や合格祈願、商売繁盛などさまざまな願いを神様にお願いしている人もいることかと思います。今回は神頼みがテーマです。

神様にまつわることわざ

「苦しい時の神頼み」「運を天に任せる」「天の神様の言うとおり」という言葉があるように、人智の及ばないところでは神様の力を借りたくなるのかもしれません。
それは昔の人も同じです。昔の人もまた神頼みをしていました。3つエピソードを紹介します。

①壬申の乱

大海人皇子は天智天皇の弟です。次の天皇候補と目されていましたが、天智天皇には子がいました(大友皇子)。そこで身の危険を感じた大海人皇子は出家して吉野(現在の奈良県)に逃れました。

その後、天智天皇が亡くなると、大海人皇子が挙兵します。壬申の乱の始まりです。大海人皇子は吉野を脱出して東に向かい、味方を募ります。味方を集めた大海人皇子は大友皇子がいる近江(現在の滋賀県)へ向かいました。
その道中、大海人皇子は迹太川(とほがわ)のほとりで伊勢神宮がある方向に向かって勝利を祈願しました。

その後、大海人皇子は壬申の乱に勝利し、後に伊勢神宮を整備しました。

②稲村ヶ崎の奇跡

新田義貞はもともと鎌倉幕府の御家人でした。ところが、幕府を裏切って後醍醐天皇の倒幕運動に協力します。新田軍は鎌倉を攻撃しようとしますが、鎌倉は三方を山、一方を海に囲まれた天然の要塞で、容易には攻め込めませんでした。

そこで、稲村ヶ崎にいた新田義貞は勝利を祈願し、後醍醐天皇から賜った刀を海に投じます。すると、潮が引いたため、新田軍は干潟を渡って鎌倉を攻めました。
こうして、新田軍の襲撃を受けた鎌倉幕府は滅亡しました。

③くじ引き将軍

室町幕府4代将軍の足利義持は、後継者を決めずに危篤に陥ってしまいます(実は彼の息子が5代将軍となったものの、後継ぎもいないまま義持より先に亡くなってしまいました)。

そこで、義持の兄弟で仏門に入っていた(昔は後継ぎ争いを防止するため、後継ぎ以外は出家させていました)者の中からくじ引きで将軍を決めることにしました。
そして、石清水八幡宮の前でくじ引きを行ったところ、青蓮院流義円が将軍に選ばれました。こうして義円は還俗し、室町幕府6代将軍となりました。

おわりに

神頼みの結果、歴史が動くこともあるのですね。

参考文献・参考サイト

田村圓澄
『日本古代の歴史<2> 飛鳥と古代国家』(吉川弘文館、2013年)
山田邦明
『日本中世の歴史<5> 室町の平和』(吉川弘文館、2009年)
三重県ホームページ
「壬申の乱と古代の伊勢・伊賀」(https://www.bunka.pref.mie.lg.jp/rekishi/index.htm)(参照:2023-1-21)