嘘と方便

はじめに

4月1日はエイプリルフールとして知られていますね。
この日は唯一、「嘘をついても良い」と認められています。

そもそもなぜ「嘘をつくこと」はいけないのでしょうか。
それは「嘘をつくことは人からの信用を失うから」です。
オオカミ少年」の話からも、嘘をつくことはよくないとされています。

しかし、今も昔も意図的に嘘をつくことがありました。

権力闘争の一手段

例えば、奈良時代から平安時代にかけては権力闘争が激しい時代でした。
そのため、嘘をついてライバルを失脚させることがありました。 平安時代になって御霊会と呼ばれる祭りが登場したのは、嘘によって失脚させられた人々への罪滅ぼしのためなのかもしれません。

梶原景時の嘘

また、源平合戦の時には嘘をついて敵の命を助けた人物がいました。梶原景時です。「鎌倉殿の13人」では中村獅童さんが演じています。
梶原景時は当初平家の味方でした。そのため石橋山の戦いの時に山中に隠れた源頼朝の捜索を行いました。その際、梶原景時は頼朝を発見します。
しかし、梶原景時は味方の軍勢に「頼朝はここにいない」と嘘をつき、頼朝の命を助けました。 その後、梶原景時は源頼朝に仕えることになります。

豊臣秀吉の大風呂敷

さらに、安土桃山時代には嘘つきの常習犯がいました。それが秀吉です。
秀吉は中国地方で毛利攻めを行なっている時、本能寺の変で信長が亡くなったことを知ります。そこで、信長の敵を取るため、敵対していた毛利氏と和睦し急いで京へ引き返しました。
その道中、秀吉は「信長は生きている」という手紙を各地の武将宛に出し、明智光秀に味方しないよう牽制していました。
そして秀吉は山崎の戦いで明智光秀に勝利し、敵を取りました。

おわりに

「嘘も方便」とは言いますが、義のない方便はただの嘘でしかありません。
エイプリルフールであっても嘘のつきすぎには要注意ですね。

参考文献・参考サイト

岩本健二
『手紙から読み解く戦国武将 意外な真実』(学習研究社、2006年)
永原慶二監修 貴志正造訳注
『全譯 吾妻鏡 第一巻 新版』(新人物往来社、2011年)